ハードケースを開けるとネジ類がさびているというミステリアスなベースをお預かりしました。
ケースにしまうたびにどんどんさびが進んでいくそうです。 時にはベースがじっとり湿っていることもあるそうです。 ケースを変えても同じで原因不明とのこと。
最初は、どこかから御札でも出てくるのかとビクビクましたが、よく調べてみるとピックガード付近のフレットやネジ類しかさびていません。 ブリッジ周りやペグは大丈夫なのです。
それで気がつきました。 この1プライのパール柄ピックガードはおそらくアセチ製です。
材料屋さんがアセチと呼ぶこの素材は、クシや髪留めなどの代替ベッコウやパール柄素材としてよく使われているものです。 アセテート繊維の材料でもありますね。 これはトリアセチルセルロースとか酢酸セルロースという物質です。
アセチル基は「CH3CO-」なのでこれが加水分解すると素材本体にHがくっついて、アセチル基のほうが「CH3COOH」つまり酢酸になります。
充満した酢酸のガスで周りの金属や塗装が酸化しているようです。 たまたま私がモントルーの社長さんと仲がいいので、こういう素材の特性を知っていましたが、普通のリペアマンは気がつかないかもしれません。
そうと分かれば部品をバラして酢酸から遠ざけます。 さびてしまったものは交換。 使えるものは一度洗浄します。
ネジを見ると空気に触れる部分だけがさびています。 材が湿っているせいでさびているのであればネジの先までさびるはずです。
ピックガードと一緒にビニール袋に閉じ込めてみた新品のネジです。 2週間でここまで曇りました。
TAC素材はフイルム用途の素材として、ニトロセルロースとポリエステルの橋渡し的な時期に使われていたのですが、それらが加水分解でドンドンだめになっていっています。
マイクロフィルムなどの重要な記録が失われる危機が世界中で社会問題化していて、これらの事象は「ビネガーシンドローム」と呼ばれています。
今回のお預かり品は、楽器におけるビネガーシンドロームと言えそうです。
TACのビネガーシンドロームで素材が汗をかくことはおそらくないです。 たぶん塗装が変質して塗装の方も同じような崩壊過程に入ってしまっているのだと思います。 古いラップトップPCや電子辞書の液晶画面で同じようなことが起こります。 リフィニッシュか、ピックガードを付けずに外に出しておくかでしょうか。